ストーリー② 家族の難病を乗り越えて

心配症の私が『手』を意識するきっかけになったのは?

今から20年くらい前の事です。『手はかなりの威力を持っている』と気づいたのは。

 

ちょっと長くなりますが…

あれは、長男が小学6年生、次男が4年生の時でした。

 

寒い時で長男が風邪をひいて、5日間ほど39度を超える高熱が続きました。

やっと少し下がってきたかと思ったら、今度は耳鳴り…。

 

次男はそこまで熱は出なかったものの、
やはり同じような耳鳴りの症状でした。

そしてこの耳鳴りが二人とも普通の耳鳴りではなかったのです。

 

当時、耳鼻科のお医者さんも この聞き慣れない病名を
分かっておられる方の方が少ないように思えました..

 

1回目の耳鼻科では、滲出性中耳炎と言われました。


全く治らず変化がないように感じていたら、
次男に違う耳鼻科に連れて行ってと言われました。

2回目の耳鼻科ではとても勉強家の先生で、


診察後に分厚い辞書のような本を持って来られてこう言われました。

「お母さん違いますよ。滲出性中耳炎はもう治ってます。
 
これは他覚性耳鳴と言って、非常に珍しい病気です。

 私も今までそういう患者さんを診た事はないんです。

 こんな事言ったらなんですが…大きな病院だと大変珍しい病気なので
熱心に研究してもらえると思います!
紹介状書くので行ってみて下さい。」

普通、耳鳴りは自分にしか聞こえません。自覚性です。

それが…外部にも聞こえる耳鳴り。だから他覚性耳鳴です。

どうやって治していいかも、何故そうなったのかも分からない。
難病指定はされてなくても、どうもこうもいかない難病でした。

特に上の子が酷く、1メートルくらい離れていても
ジッジッジッ…とその音が聞こえるのです。

外にまで響くので本人はもっと響いてたのだと思います。

頭が割れるようだ…と言うのです。

 

3回目の耳鼻科は、紹介された有名なF総合病院へ。

紹介状を握り早い時間に行って待ちました。

所が、難しかったからなのか…次から次に後から来られる患者さんに越され、結局1番最後に回されました。

そこでは前耳鼻科で言われた 「熱心に…」とは真逆でした。。

そして
「先生、どうしたら…?」の問いに、
「別に…このままで…」との返答。

「先生頭がすごく痛いと言ってますし、何か、薬か何か…ないんでしょうか…」

「…じゃ、血流を良くする薬でも出しておきましょうか。また来ますか?」

藁にもすがる思いで一応予約は入れました。

が、再度ここに行っても…何も変わらないと思い直し、キャンセルしました。

 

でもそのままどこにも行かないわけにはいきません。

どこかまた探さなければ…。

 

そこで若い時にかかった福岡では有名な耳鼻科を思い出しました。
ここだったらどうにかなるかも…と望みをかけ、

 

4回目の耳鼻科。


検査後上の子は
点滴をされましたが、どうしても気分が悪くなります。

お医者さんに伝えると、数日後に注射に変えてくれました。

耳鳴りが治まってきたわけではないのですが、
病院に通っている事で少しの安心感もありました。

 

所が年配の看護師さんの思いもよらない先生への言葉で、
こちらが先生の事を信頼してない?と思われたのか…

「お母さん、紹介状を書きますから、近くの病院に行って注射を続けて下さい。
1か月しても治らなかったら、もう治らないという事です!!」

と子どもの目の前で言われたので、、
子どもは真っ青に…。

何とも言えないやるせない気持ちで、そのまま帰るのも嫌で

「この前検査に行った病院に聞きに行ってみようか?」
と子どもに聞くと

「うん…」というので、そこの病院に寄る事にしました。

 

そこではとても親切な女医さんが対応して下さいました。

ここまでの事情もよく聞いて下さって、それだけでも随分ホッとしたのを覚えています。

そして先生はこちらの様子見て、同情されたのか、

「それだったらここに入院してみないですか?

 週に1回耳鼻科の先生が来られますから、入院しながら見てもらう事もできますよ。」
と言って下さいました。

「いいんですか⁈先生お願いします。」と私はもう嬉しくて即答しました。


入院の子ども達は、
肺炎やぜんそくがほとんどでした。

そのお子さんと仲良くなったりで、子ども達は随分気分転換になったようでした。

他のお子さんは原因と治療法が分かっているので、
当時は「いいなぁ……」と、正直羨ましくもありました。

そうして入院して1週間後くらいに耳鼻科の先生に診て頂きました。

 

5回目の耳鼻科。


「耳鳴りが外に?」と先生は、
ちょっと不思議そうな感じでした。

「そうなんです。 先生の耳をこの子の耳に当てると
 ジッジッジッと聞こえてくると思います。」

「…ほんとだね。聞こえるね…」

と、それ以上の事は言われず、また別の病院に紹介状を書いて下さいました。

今度も大きめのH総合病院。

6回目の耳鼻科。


入院しながらそこへ検査に行きました。
でも結果は、やはり…原因不明でもちろん治療法も分かりません。

そして先生はこう言われました。

「この検査で言える事は、〇〇は異常ない、〇〇も異常ない、
〇〇もないし 〇〇もない… という事は、命には別状はない、
という事だけは言える。という事です。

この病院ではこれ以上調べれる検査機械がありません。

K病院だったらその機械を持っています。

紹介状を書くので、そこで診てもらって下さい。」

7回目の耳鼻科。K病院。


もうココを最後にしたい…
と思いながら向かいました。

診察室に入ると、先生がおっしゃいました。

「珍しい病気にかかりましたね!それも兄弟で⁈
全国に7名くらい居るかな、
と思うけど…。」と。

検査の結果、やっと原因が分かりました。

 

耳鳴りの音の原因は、鼻の奥の痙攣が耳管を通して出てきているという事でした。

ただ原因も治し方も分からない…。

「とりあえず痙攣止めの薬を出しておきましょう。
私は今まで2名ほどこの病名の患者さんを診た事があるんですよ。

そのうちの1人は手術室に入ったとたんに、耳鳴りが止みました。」

「え⁈ 止んだんですか!!!」

「そうです。止んだんです。」

「じゃあ手術はしなくても…」

「ハイ、しなくてよかったんです。」


この時、私は先生のその言葉を聞いて

『ひょっとしたら治る…かもしれない!』と強く思いました。

 

薬が出ましたが、、副作用が心配で調剤薬局で大丈夫かお聞きしましたが
「先生が出してあるんですから!」と渡され…ました。

が、 結局1回も飲ませませんでした。

そして、最後のK病院の診察から2か月もかからず他覚性耳鳴は治ったのです!

 

 

余談ですが、治って数年後の事。

新聞の片隅の小さな記事に私の目が止まりました。

それは最後に行ったK総合病院と同じ耳鼻科の事でした。

 

「薬の副作用があった」と訴えられていて、裁判になっていたのです!
どうも子どもより半年くらい遅れて、診察を受けられた方のようでした。

あの薬を飲ませないという判断はきっと正解だったんだ、と思いました。

何故なら、薬も注射も手術もなしで他覚性耳鳴は治ったからです。副作用もなく。

当時、先生も聞いたことがなかった病気
痙攣止めの薬って…幼い子どもに飲ませていたら、どうなっていたか分かりません。

 

ただでさえ心配性の私。

 

耳鳴りになったあの日から、ずっと心から笑えない日々が続きました。

だから、なかなか治らない難病を抱えてるお子さんや家族の
母親や女性の気持ちはとても分かります。

難病には体だけでなく、鬱やパニック障害等精神的なものもあります。

 

本人が頑張ってどうにかしようとしても、

また頑張れば頑張るほど逆効果だったりします。

 

だから、「あなたの思考をポジティブに変えないからよ」
なんて私には簡単には言えません。

 

だけど、次のようには言える私になりました。

 

「手は偉大な治癒力を持ってますよ!」

「諦めないでやれるだけの事はやっていきましょう!!」 と。

 

手からでも癒しや治癒ができるんだ!!

「治るかもしれない!」と強く思った訳

 

最後の耳鼻科、K病院の薬を飲ませなかったり、
「治るかもしれない!」と強く思った訳は、

実は友人に教えらた民間治療に行ってたからです。

それは手のひら療法のようなものでした。

思えばこれが

『手からの癒しで治るかも!」

と思った最初の経験です。

 

実は入院の途中から自宅への外出許可を取り
、民間
治療へ連れて行ってたのです(^^;オユルシヲ

 

3か月弱の入院中のちょうど真ん中あたり…
1か月半経った頃から行ったかと思います。

行けば耳鳴りが軽減してきたのです。

そして食欲も出るんです!

「大丈夫だよ~治るからね。」という治療して下さった方の
優しさも大きかったと思います。

 

治療は見よう見まねで、家の中では私が子どもに手を当てたりしました。

それから長い期間はかかりませんでした。


退院して1か月ほどはその
民間療法に行きました。

が、それ以後は 自分の手だけで1か月ほどしたら治ってきたのです。

 

酷い耳鳴りが始まってから4カ月位かかったかと思います。

 

もちろん今は全く他覚性耳鳴は起こりません。

もし「またなったら…」という恐怖もありません。

 

私にとっては今もそうですが、

「治療の医学的根拠」とか「有名病院なのか」というよりも

それは本当に効果があるのか?

それで改善するのか?

の現実が私にとっては大事な事でした。

 

理屈や理想や常識より、カッコ悪くてもいいから
現実的にちゃんと元に戻れば良かったのです。

 


幸せになるまでは諦めない!


以前は子どもが
風邪をひいたらすぐ病院へと行く私でした。

鼻水が出ただけでも、治療は早めにと急いで。と。。

そんな私にとって子どもが他覚性耳鳴になった時の体験は大きな衝撃でした。

病院に行けば全て大丈夫・解決すると信じていた人が、

「全ての病気は西洋医学で治せるわけではないんだ!」

「手の力でもそれ以上の効果がある時もアル!!」

と思考が大きく変化したのですから。

 

病院の完全否定ではありませんよ。もちろん検査も否定はしません。
最期はお世話になるでしょうから^^

母は強しとは言いますが、この何とも言えない体験は無駄ではありませんでした。

子どもをとにかく改善させ早く気持ちよくしてあげたい。
幸せにしてあげたいという思いは、

「幸せになるまでは諦めない!」という
自分の中に眠っていた
母親の強さを引き出してくれました。

 

 

そしてまたこの体験は

「手は偉大だ!」
「手当ては自己治癒力に繋がる!」

と知らされた瞬間でもあり、今の私に繋がる大きな体験だったと思います。

 

私にも家族のケアができる⁈

次々に襲ってくる どうしようもない不安感と心の重さ…。


ところが、それから2年ちょっと経った
桜舞い散る春の事…。

あの他覚性耳鳴もすっかり忘れた頃にさらに辛い事が起こりました。

家族の記憶喪失・パニック障害・不安障害…etc。

だけでなく・・・

両親の老々介護問題

母の認知症… 優しかった母からの攻撃…etc。

 

体が1つじゃ足りない…

私の頭の中は心配と悩みでいっぱいになりました。

そして今度は子どもだけではなく…

 

「なんで…私だけが…なぜ⁈ 私より悪人はいっぱいいるでょ⁈神様!」
と文句言いたくなる日も多々ありました。

 

また以前の治療院にも行ってみました。
その優しい手と優しい言葉に今でも深く深く感謝しています。

 

ただもし優しい手のひらの治療と同じような事が、
自由な形で自分ででもできるものなら、自分でやってあげたいと思いました。

そんな時友人が教えてくれたのが、バランスセラピーでした。

科学的バランスセラピーとの出会い

手で体の歪みを整えながら筋肉に浸透圧をかけて深くリラックスさせるセラピーでした。

『深いリラクゼーション信号を送る事で、ストレスに強い脳幹にする。

すると不快から快に、元の状態に戻ってくるのが早い。

弾力のあるボールは押してへこんでも、すぐに戻ってくる。
この弾力のある元気なボールのように元気な脳幹にしていこう。』 というものでした。

 

これは私の持つ全てのセラピーの入り口となりました。
私のセラピーの基本もココにあると思っています。

 

私はそこで週1回のセラピーを受けながら、
ストレスケアカウンセラーの資格を取る事になりました。

私が人にセラピーをするというのは、それまでの私には考えられない事でした。
何故なら、セラピーするよりされる方が断然好きだったからです(笑)

 

そうしてこのセラピーは、私の中でスピリチュアルな事への興味への入り口にもなりました。
そうしてレイキやエンジェルヒーリングにも繋がっていく事になったのです。

 

レイキやエンジェルヒーリング

自分の体をパイプとし宇宙からのエネルギーを相手に送るレイキと
大天使のサポートを受けながらのエンジェルヒーリング。

ちょっと聞いたら怪しさ満載⁈(笑)


バランスセラピーでの効果を知っていた私は、
最初レイキとの違いが分かりませんでした。

 

それを丁寧に教えて下さったのは、施術を受けた方々です。

特に家族、その中でもお姑さんの感想は絶妙でした。

レイキティーチャー取得後にセラピーすると、
「今日のは何か違ったね。途中、地震が3回起きたね。かなり揺れたね~」と。

もちろん地震は起こってません(笑)

感性と表現力のある方なので、その時その時の感想がとてもためになりました。

その感想は私の心地よい成長剤となりました。

 

そうそう この手からの癒し・レイキセラピーのおかげで、
お姑さんとの関係もとても良好になった事もお伝えしておきます。

手って凄い力を持ってるんですよ(笑)


セラピストで歩き始めた私には、
まだまだこれでもかと次々に難題も押し寄せてきました。

それでもどうにか乗り越えてこれたのは、

手からの癒しが家族や愛する方々にでき、
色んな奇跡的な変化を目の当たりにしたからです。


「高熱が下がって楽になった」

「おしっこがシャーッと出た」

「気持ちよく寝る事ができた」

「這ってトイレに行ってたのが歩いて行けた」

「血圧が下がった」

「呼吸が楽になった」

「痛みがずいぶん軽くなった(無くなった方も)」

「何だかすごく安心した」

「体も心も軽くなった。不思議~」 ...等々。

 

奇跡的な効果を何度も目の当たりし、変化の感想を伝えて頂いた事が大きな救いとなりました。

今思えば、この期間はたくさんの辛さと同時にたくさんの学びができたんだなぁと思います。

今までにはない濃い時間これらの辛い体験や学びがなかったら、今の私はきっとここには居ません。

 

癒されたい方は癒せる方☆


最初私は自分でレイキを使っていても、
レイキ伝授とかレイキテーチャー養成等に
全く興味がありませんでした。

「何それ?怪しい」とか、言われたくなったんです(笑)


外国では保険がきいたり、学校の授業でとり入れられていても

日本ではそこまで普及はしてません。

やろうという変化が私の中で起こったのは、
サロンにご相談に来られる方の純粋さでした。

癒されたいと来られる方は同時に、癒す力も半端なく持ってある方なんだ、
という気づきでした。

単に癒されるだけでなく、
自分の中に内在する癒し力を発揮すれば、もっと元気になれるし輝ける!
愛する人も幸せにできる!!

だったら私が伝授する!

 

また周囲のレイキ伝授の話を聞いたりすると、
せっかく資格取得されていても
何も使われてない方がかなりおられました。

それではもったいない!!

ちゃんと学べばこんな良い手当て療法はないんだよ。
と心の奥の方からムクムクと湧き上がってくるものありました。

怪しい~~なんて言う人には言わせとけばいい。

私が遠慮して引っ込んでる間に、
以前の私のように路頭に迷って抜け出せないで
辛い思いのままの人がいるかもしれない。

お金儲けだけのホントに怪しい人に伝授されるかもしれない。
ピュアな人は騙されやすい所があり、良くない洗脳もされやすい(笑)

だったら私が伝授する!

それも今まで私がNLPやバランスで学んだ大切な事を+αでつけてお伝えする!
と決めました。

 

あなたが幸せになれば、あなたの愛する人も幸せになります


レイキが良いな~と思う1つに、『安心立命』という考え方があります。

まず自分を安心の中に入れてあげる。
その安心の中で自分の命を立たせる!という事でした。

あなたが安心の中に居ると、あなたの愛する人にも安心が伝わります。
あなたが幸せになれば、あなたの愛する人も幸せになります。


これまで私が色々と体験してきたのは、きっと色んな方の色んな悩みに対して寄り添い、
その方の良さや光を的確に見つける為。

またその光にフォーカスしながら幸せへの道案内できるように、
と宇宙の神様が仕組んでくれたのかもしれません。


今辛い方もきっと時間が経てば、そういう意味があると思います。
ちゃんとそのあと役に立つようになっているのです。

酒井大阿闍梨さんも言われるように、
「全ての体験に『無駄なものは一切ない』」という事です。

だから諦めないでいきましょう。

そう幸せつかむまでは!

ストーリー①不安のサイクルからの脱出はこちらをクリック下さい